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人を幸せにするという観点でソフトウェア開発者ができることは、実はゴリゴリの技術者が思うよりもたくさんあるというのが氏の指摘だ。ソフトウェア開発では本質的なロジック部分を書くのがプログラマで、UIはグラフィックデザイナなどが後から付け足すものと捉えられていることが多い。これが大きな間違いの元だというのだ。

 スポルスキー氏は心理学者が「学習性無力感」(learned helplessness)と名付けた現象を紹介する。

 コーネル大学の心理学者のマーティン・セリグマンとスティーブ・メイヤーが1967年に行った、犬を使った有名な実験がある。21世紀の今なら動物愛護団体が飛んできそうな話だが、彼らは犬に電気ショックを与えた。一方のグループの犬はレバーを押すことでショックを止めることができ、他方のグループはレバーが機能せず、痛みを止めることができない。「やっても駄目だ」と学習したグループの哀れな犬たちは、徐々に無気力になり、鬱病に似た症状を示したという。

 人々はコントロールの主導権がないと分かったときに無力感に苛まれ、不幸になる。

 多くのソフトウェアやWebサービスは、まさに、そうした無力感をユーザーに与えているのではないか、というのがスポルスキー氏の指摘だ。

一流ブランドと二流を分けるものは何か。スポルスキー氏は「これはほんの30秒ほどで考えたことなので、あまり真剣に受け止めないでほしいんですが」と前置きしつつ、こうした現象に背後にある「法則」を3つにまとめて提示した。

 「(成功の)方程式」(The Formula)と冗談めかして大げさに名付けられた法則とは、「人を幸せにする」「感情を考慮する」「美学にこだわる」の3つだ。これら3つについてスポルスキー氏は、具体的な例を挙げつつ、ソフトウェアやサービスを開発をするプログラマに向けて、それぞれの意味を説明した。

NHKでやった「新型うつ」の特集番組録画みた。興味深い。尾木ママは、いいなぁ。いまの世の中って、基本的に、「人間が働き者だと思いすぎている」んじゃないかな。かつて機械のない時代に、しょうがなくする仕事の時間が精神的な「休み」のかわりにもなっていたんじゃないかねー。

・「わるいことを成功させる」のは、難しいものです。
 ま、ものすごく穏便な例を出すならば、
 野球の「盗塁」というものは、
 (相手にとっての)「わるいこと」です。
 「盗塁するぞ、盗塁するぞ」と言うだけなら簡単ですが、
 ほんとうに盗塁を成功させるのは、難しいですよね。
 
 昔のマンガやら、落語やらには、
 よく「どろぼう」というやつらが登場します。
 ほっかむりをして、口のまわりのひげが濃くて、
 大きな風呂敷を背負ったおっさんね。
 これにしたって、実際にやるとなったら大仕事です。
 どろぼうを贔屓するわけではありませんが、これも、
 ふつうに働いたほうがよっぽどラク、というくらいの、
 めんどくさい大仕事なんじゃないかなぁ。
 
 ドラマのなかでは、人が殺されたり、だまされたり、
 物騒なことがよく起こりますけれど、
 ほんとうによくよく想像してみると、
 犯人の側の身体的、精神的な仕事の質量というのは、
 並大抵じゃないと思いますよ。
 ドラマの悪役って、不必要に大笑いとかしているから、
 お気楽な商売だと思われるかもしれないけれど、
 「代わりにやってみろよ」ということになったら、
 たいていの人は、倫理とかの問題を持ち出すまでもなく、
 「やめときます」と言うでしょう。
 
 いいことだって、ふつうのことだって、
 実際にやるのは、ちっとも簡単じゃないですよ。
 簡単なのは、「言ってるだけ」の人だけです。
 「わるいこと」「いいこと」「ふつうのこと」、
 どれもぜんぶ、なかなか難しいものなんです。
 「言うだけ」だったら、なんとでもなるのにねぇ。

 「けしからん。ああせい、こうせい」「こうしてやる」
 責任もなくて、実現しなくてもいいのだったら、
 それこそ「命をかけて」とかも、言い放題です。
 ぼくらの見ているインターネットの世界って、
 そういう「言うだけ空間」になりやすいんですよね。
 『ネットの発言、8割引』ってことばを、考えました。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
ネットで言うことと、現実で言うことを同じにしたいです。

ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次:今日のダーリン(2012/4/25)
全部に勝とうとすれば守りに入らざるを得なくなるから、どれが本当に勝つべき試合でどれは負けても良いのかをしっかり分けるのが大事。精神的に切れてしまったり、変化が鈍い選手は真面目な選手が多く、つまりどのレースでも几帳面に勝ちにいっていた。真面目が続き過ぎると人は疲弊する。

・雑談のなかで、ありもしないビジネスについて、
 考えたことがあります。
 「勉強を教えない家庭教師」というものです。

 頻度はわからないのですが、
 子どものいる家に、先生がやってくるんです。
 学校の授業の成績をあげるという目的はない。
 もちろん受験をうまくやるための勉強ではない。
 「ただ、くる」んです。
 ある日は、先生が、学生時代にアフリカに行って、
 なにやらの手伝いをしたときの話を聞きました。
 また別の日には、先生のお父さんとの「親子の戦い」や、
 その後の「仲なおり」のことを聞きました。
 ある週は、先生の都合がわるいということで、
 先生の友だちという人がきて、映画を観に行きました。
 この人は、映画がほんとうに好きなのだそうです。
 
 どうして、「勉強を教えない家庭教師」がいるか?
 親じゃない大人と、いろんなことを話すためです。
 いや、話すばかりじゃなくてもいいかもしれない。
 いっしょに、なにかを習うでもいいし、
 相談に乗ってもらうでもいい。
 「ベンチャー企業ごっこ」でも、「壁のぼり」教室でも、 
 「3日間遭難して生きていく方法」でもいい。
 まちがって「受験勉強」が始まっても、許してやろう。
 
 生きていることがおもしろそうな人、と、
 親しくなるというのが、テーマなのかもしれません。
 もちろん、お金はとる。
 先生になるには、けっこう資格がいるんだという噂だ。
 2011年の東日本大震災で、大きな被害を受けた人が、
 先生になっているケースが、いちばん多いとか聞いた。
 先生たちと、生徒たちがたくさん集まって、
 夏には大きな合宿が開かれます。
 漁師さんの船に乗って、遠くへ行っちゃった生徒もいる。
 大工さんといっしょに家を建ててるグループもある。
 
 ‥‥いや、どれも、実際にはない妄想の話なんだけど、
 そういうことが仕事になったらいいなぁと、思いました。
 大人ってもののおもしろさを、伝えるような仕事。

ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次:今日のダーリン(2012/4/17)
 六回途中5失点で降板するダルビッシュにファンは総立ちで拍手を送ったが、ダルビッシュは「こんな投球で申し訳ないと思った」と思い、手を振ることも帽子を取ることもしなかった。
 塁上から見送るイチローには、その思いがわかった。「帽子を取ったりしたら大したことないと思ったけど、『この内容では』というプライドが見えた」と振り返った。
中原淳一が「苺のもっとも理にかなった食べ方」と書いてる食べ方をしてみた。ブランデーと蜂蜜を同量混ぜたソースをかけて冷やし、レモンを絞って食べるというもの。半信半疑でやってみたら、信じられないぐらいおいしくて驚愕した。今までの苺レシピで一番おいしい。